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dream come "through" 思い出せない出来事

連想を考える時に不可欠となる要素は 「夢」 です。

夢は 昔から多くの文献で語られて研究されています。精神的な面での解釈もあり、実験による物理学・生物学的な解釈・論説は否定できない数多く存在します。しかし、映画の中で使われている夢の映像的表現文法ほど定着した夢の理解と結論はないと思います。

非現実な出来事、景色…は「夢」といいつければ観客だれでも納得できる、とはどういうことでしょうか?
まったく都合のいい話しに過ぎません。

夢に出てきた物事は全て自分が経験したのを再構築していると思います。今までなかったことを考え出すのは発想ですが、新しい素材を「発見」しない限りでは全てのアイディアは記憶の再構成になりかねます。

今の状況!まったく同じ状況を前に夢で見た! と驚くのは全部の人間が経験しているはずです。 予知ということ自体はあり得ないと考えています。脳が簡単に「前に見た」と違った情報を現在の見えている映像情報と交じれば錯覚は起こります。

私はなぜ今このことをこう思っているのか、答えを見つけるにはたくさんの要素が必要です。一方、夢日記には簡単な丸、線、一言だけの記録で、思い出せなくなる膨大な夢の内容量を呼び起こします。

こんな私の考え方を育った脳は夜に なにを考えているのか分析することで連想の構造を発見できるかもしれないと期待しています。

       
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